| シルバーの歴史 |
銀の歴史は今から紀元前3000年頃といわれています。ウル文化(古代のシュメール人の都市)の埋葬遺跡で宝飾品などが見つかっています。日本へは紀元前100年頃に伝えられたそうです。でも日本ではあまり普及しなかったようです。 ヨーロッパでは様々な用途に銀を使ってきました。宝飾品や貨幣や器など幅広く使われていました。 また、中世のヨーロッパにおいて、銀は「毒に触れると曇る」といわれていました。 古代や中世、銀の皿や盃は変色して異常を知らせ、幾度となく要人の毒殺を未然に防いだとも言われます。 (当時一般的に使用されていた毒物は硫砒鉄鉱(りゅうひてっこう)で、銀はこの物質に含まれる硫黄分と反応して黒く変色し毒物の混入の目安となりました。) 晩餐会で銀食器を使うことは、毒は入っていません、安心してお召し上がりくださいという意図の表明でもあったようです。
|
|
銀の価値は、その当時、金よりもはるかに高く、金に銀メッキを施すことさえありました。 中世ヨーロッパではプラチナの倍以上の値が付いた時も有ったそうです。 後の硬貨の基礎となった銀ペニー(イギリスの通貨)は760年頃から使用されるようになり、11世紀になるとロンドン塔へ造幣所が設けられ、純度925/1000銀が本位として採用されました。これが現在「スターリングシルバー」と呼ばれる925銀の始まりと言われています。 ちなみに「スターリング」はヘンリー2世の時代に銀貨を鋳造していた「スターリング家」が語源といわれています。 「スターリング」には「本物の」,「信頼できる」という意味もあります。
|
|
シルバーは「白く輝く」という語源を持ち
「ゴールド」が太陽の象徴とされるのに対して「シルバー」は月の象徴として考えられる事が多いようです。
ギリシャ神話ではゴールドが太陽神アポロン、シルバーが月の女神アルテミスを表すとされています。
中世の錬金術師はシルバーを月の女神ディアナ(=アルテミスのローマ字)と呼び、その象徴を三日月としていました。ディアナはシルバーの靴を履き、シルバーの馬車で、シルバーの星が輝く夜空を舞うようにして飛んだといいます。それは美しい純潔の女神であり、シルバーの輝きが「純粋」「無垢」の象徴と考えられてきました。ヨーロッパのカトリック教会では、神聖な宗教儀式で使われる道具はシルバーで出来ています。また、ヨーロッパでは新月の時に銀貨をポケットに入れておくと二倍になるという伝えがあるそうです。
|
|
シルバーには力が宿っているとも言われており、その中でも良く知られているのが「ドラキュラ」に対してシルバーの十字架、「狼男」に対してシルバーの弾丸、などというものがあり、強い力を持つシルバー製の武器の前では、いかなる魔物も倒れるとされています。ヨーロッパでは子供が生まれると「食べ物に生涯困ることがないように」との意を込めてシルバーで出来たスプーンを贈る慣わしがあり、地位や財産に恵まれた家に生まれてきたことを「銀のさじをくわえて産まれてきた」と表現します。シルバーの食器は代々受け継がれていくその家の宝です。アジアではシルバーのロケットのペンダントには魔除けの効果があると信じられてきました。
|
| 中世時代 |
|
中世時代は「毒殺」を暗殺の手段に用いる事が多く、そのため食事の際には細心の注意が払われていました。当時主流となっていた毒は「毒砂」と呼ばれる「硫黄」系の毒であったため、シルバーに毒が触れると黒く変色し、毒の存在を暴くのに効果的だったようです。
たとえば客人をもてなす際には「クレテンザ」(信用)と呼ばれるシルバーのナイフで肉を切り、毒が入っていないことを証明したと言われています。中国では同じ用途でシルバーのハシが使われていたようです。
|
|
紀元前3,000年
|
|
紀元前3,000年頃、銀製の宝飾品としてウル文化(古代のシュメール人の都市)の埋葬遺跡で見つかりました。
採掘された最初の銀は、アナトリア(現代のトルコあたり)周辺の鉱山でした。
|
| 紀元前1,000年 |
| 紀元前1,000年頃、南部および北アメリカの文化は高度な銀加工技術を使用していました。 |
| 紀元前900年 |
| 紀元前900年頃、アテネ近くのラリウム鉱山はこの時より1、000年の間、銀を生産する有数の鉱山でした。 |
| 紀元前200年 |
|
紀元前200年頃、朝鮮への中国からの移民が、彼らに銀製造技術を伝えました。
その後、朝鮮半島から日本へ広がりましたが、日本ではあまり銀の普及が進みませんでした。その頃ローマ人は貨幣や家庭で様々な用途に銀を使用しました。
|
| 紀元1世紀 |
| 紀元1世紀頃インドのインダス文明では、飲み物を注ぐ為の容器に初めて銀を使いました。 |
| 紀元3世紀 |
| 紀元3世紀にはロンドンでローマ帝国の貨幣が鋳造されていました。 |
| 紀元6世紀 |
紀元6世紀頃、銀製造技術は中国において非常に重要になりました。中国ではこれ以前は、銀製品は非常に貴重品でした。 そしてイギリスでは760年頃から、のちの鋳貨の基礎となった銀ペニーが連続的に使用されるようになりました。 |
| 紀元9世紀 |
紀元9世紀になって高度な銀製造技術は、メキシコのオアハカ地域に伝えられたと言われています。
|
| 紀元10世紀年 |
紀元10世紀年頃、中国では銀製造技術が一般的になりました。 ノルマン朝初代のイングランド王、ウイリアム1世(1066〜1087年)がロンドン塔に造幣所を設け純度925/1000銀を本位として採用。これが今日の「スターリングシルバー」通称925銀として知られるようになったものの始まり。その名の由来は、ヘンリー2世(在位1154〜1189年)の時代に銀貨を鋳造していた『スターリング家』が源と言われています。 |
| 16世紀 |
16世紀に入り、スペイン、パナマ、アンデス地方のコスタリカ人インディアンズは、銀細工師の技術が非常に高い芸術性を持ったものになってきました。 ヨーロッパでの銀の産出はボリビアで始まりました。ボリビア、ペルーおよびメキシコは、1500年から1800年の間で世界の銀のほぼ85パーセントを産出するようになりました。
|
| 17世紀 |
|
17世紀ニューヨーク(セネカ族、イロコイ族、カユーガ族など)のアメリカインディアンの種族は、ヨーロッパの銀貨を宝飾品に変え始めました。
それらは、叩き出し・浮き彫り・焼きなまし・金銀線細工などの現在の銀細工技術の始まりでした。
|
| 18世紀 |
| 18世紀、中国での銀の使用は広範囲になりました。 |
| 19世紀 |
| 19世紀になり、銀の宝飾品は採掘精錬技術の進歩のために、より手頃で身近になりました。また電気メッキが発明されたのもこの頃です。 |
| 1850年 |
| 1850年代中頃、ニューヨークのティファニーが銀器の生産を始めました。 |
| 20世紀 |
|
20世紀アメリカでは銀の有名な鉱山がネバダ、コロラドおよびユタで発見されました。
世界で産出量が多いのは、メキシコ、ロシア、アメリカ、カナダ、ペルー等で、これらの国で世界総生産の大部分を占めているそうです。
精錬技術の発達と鉱山の発見により、現在では供給量が増えたうえ、様々な回収システムが整備されたことから、金よりも安価になっています。主に写真フィルムの材料や工業用に使用されるほか、その輝きの美しさから宝飾材料や貨幣用にも使用されています。
|
|
|