| CHROMEHEARTS・クロムハーツ |
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CHROME HEARTSは
1992年アメリカのファッション業界においてもっとも栄誉のある
CFDA (アメリカファッションデザイナー協会)アクセサリー部門最優秀賞デザイナーズオブザイヤーを受賞した。
それは、シルバーアクセサリーとしては画期的なものであり、名実ともに世界の頂点に達したと誰もが認めた瞬間であった。
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| 素晴らしきアクセサリー!素晴らしきCHROME HEARTS! |
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ハード系シルバーアクセサリー界の頂点に立ち、
言わずと知れたシルバー界のスーパーカリスマブランド。
「CHROME
HEARTS」そのはじまりは現在デザイナーであるリチャード・スタークである。
クロムハーツの誕生は
「リチャード・スターク」「ジョン・バウマン」「レナード・カムホート」の3人の手によって1989年カリフォルニアのマリブにて誕生する。
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当時大工であった彼は、趣味のハーレーを通じて革製品の魅力にとりつかれ、レザーウェアを作りはじめました。
その噂を聞きつけた革製品のビジネスマン、ジョン・バウマンと
銀細工職人のレナード・カムホートに出会い共に「CHROME HEARTS」を設立しました。
当時から彼らは、そのこだわりから常に独自のスタイルを貫いていた。
自らが必要とするもの、最高とするもののみを製作し続けていくのであった。
建築・銀・レザーの才能溢れるスペシャリスト達の融合によって誕生した「クロムハーツ」は、
そのわずか3年後の1992年にアメリカのファッション界で最も栄誉あるCFDA賞のアクセサリー部門を受賞。
シルバーアクセサリーとしては史上初の快挙を成し遂げました。
クロムハーツは国内においてもシルバーアクセサリー=クロムハーツという形で理解されるほどの知名度を誇っていますが、
リチャードの革へのこだわりからスタートしたブランドだけに、初期作品はレザーアイテムが主流でした。 今から10年前のクロムハーツ日本初上陸アイテムも、
青山「コム・デ・ギャルソン」に置かれたライダーズジャケットでした。
高いクオリティーの厳選されたレザーにシルバーの五芒星やベルトなどのパーツをあしらったジャケットの登場はさまに衝撃的でした。 以来、シルバーアクセサリー・Tシャツ、Gパン等のウェアー・バック、財布などのレザー小物から
ナイロン素材の小物・ハラコ素材、石鹸に至るまで、自由で遊び心の詰まった作品を数々発表し続けています。
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設立:1988年
CHROME HEARTS誕生:1989年
デザイナー:リチャード・スターク、ジョン・バウマン、レナード・カムホート
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| 《リチャード・スタークに聞く》 |
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クロムハーツという名前の由来は・・・
「単に響きがクールだから選んだ。特別な意味は無い。色んな名前が候補にあってその中の一つだった」
クロムハーツを始めたきっかけは・・・
「自分のためにレザーパンツ、レザージャケットを作って着ていたら友達に同じものを買いたいと言われてね、売ってないから作ってあげたんだ。それがきっかけかな。」
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| 《天才たちの集結》 |
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革のセールスマンとなったリチャードは、世界各国の革工場をまわり最高級のレザーを探求し、
愛車ハーレーにまたがり、アメリカ全土に紹介するようになっていた。
そして偶然にもリチャードと同様、革の販売ビジネスをしていた「ジョンバウマン」が彼の存在を知ることとなった。
それがきっかけとなり、革のプロフェッショナルである彼らは、
最高に上質な革を使用したレザーウェア・ジャケットを作りはじめたのだった。
クロムハーツの代名詞とも言えるシルバーは、この時にファスナーやボタンに使用されていた。
それから間もなくして、銀細工の天才職人の「レナード・カムホート」が加わり、
現在のクロムハーツの基礎とも言うべき天才たちが集結したのである!
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| 《シルバー界の頂点を極める》 |
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広告宣伝なしであっても瞬く間に評判は広がり、世界中で名を轟かせるのに時間は必要としなかった。
人々はその完成度の高さに衝撃を受け、絶賛した。
日本においても1991年コムデギャルソン青山店ではじめて紹介され、その評判は人伝いに瞬く間に広がった。
すでに世界の有名アーティストからも絶大な支持を受けていたクロムハーツであるが、
1992年アメリカのファッション界においてもっとも栄誉のある
CFDA
(アメリカファッションデザイナー協会)アクセサリー部門最優秀賞デザイナーオブザイヤーの栄冠に輝いたのであった。
それはシルバーアクセサリーとしては画期的なもので、名実ともに世界の頂点に達したと誰もが認めた瞬間であった。
ジョンとレナードはクロムハーツを離れることになるが、拠点をハリウッドに移し世界の頂点を今なお守り続けている。
それはクロムハーツが単なる流行にのったブランドのひとつではなく、
今もなお多くのフリークたちの「ライフスタイル」となっている証なのである。
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現在、圧倒的な存在感でシルバーアクセサリー界の頂点に立つクロムハーツ。著名人がつけているから人気があるだけではない。 媚びない、そのモノ作りの姿勢から生まれる数々のアイテムは他のブランドが真似れないほど意標をつき、完成度が高い。 そしてアイテムの充実度では、他のどのブランドも遠く及ばない。こんなものまでと思わせるアイテムが揃うのも、根強い人気の証拠。
生活の中から溢れる必要性と彼の感性が融合したからこそ生まれてきたアイテム。そしてクロムハーツその物。
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| CHROME HEARTS誕生とリチャード・スターク |
| 1960年 |
| 5月19日ニューヨーク州ユティカにてリチャード・エリック・スターク生誕。ハイスクールまでをこの地で過ごす |
| 1977年 |
| 同じニューヨーク州内の田舎へと居を移しヒッピー的な生活を送る |
| 1978年 |
| この年生まれて以来過ごしたニューヨーク州を離れ西海岸カルフォルニア州にたどり着き塗装業に従事しながら建築関係の専門学校へ通い始める。 |
| 1979年 |
| 木工職人の下へ弟子入りし建築に関する基本を学ぶ。そして、当時のボスの父親が経営する皮革輸入会社でも働き始め革製品を手にする事になる |
| 1984年 |
| 革製品を取り扱い始めて5年が過ぎる頃には、世界各国の革なめし工場の窓口となりアメリカのメーカーに革を販売するまでになっていた。 |
| 1985年 |
| リチャード自身がハーレーに乗るときのために革製品を作り始め、身近な友人達のためにも作り始めた |
| 1988年 |
| 現在のリチャードの妻ローリーと出会い結婚。同年10月。頭の中にあったデザインを表現していくためレナード・カムホート、ジョンバウマンの3名でブランドを設立。その名はChrome
Heartsと名付けられた |
| 1989年 |
| 3月にクロムハーツは活動を開始。初めての仕事となったのはリチャードの友人が監督をした映画【チョッパー・チップス・イン・ゾンビー・タウン】の衣装制作だった |
| 1991年 |
| 4月娘、ジェシー・ジョー・ジョーが生まれる。その結果クロムハーツにベビー・アイテムが加わったのはご存知のとおり。そして同じ頃日本ではコム・デ・ギャルソン青山で紹介される。 |
| 1992年 |
| ・ブランド設立より3年、その斬新なデザインが認められCFDA賞(ファッションデザイナー協会賞)を受賞し、その名を世に広めることになる |
| 1994年 |
| クロムハーツ本社をハリウッドへ移転し、業務の拡充を図っていく |
| 1995年 |
| 設立メンバーであるカムホートが独立【LEONARD KAMHOUT.INC.】を設立すると同時に日本では販売前のシルク・リンクブレスレットをテレビCMでキムタクが付けていたことから、一躍話題を集めた |
| 1996年 |
| ついに本拠地となるニューヨークに本店をオープン。LAではセレクトショップとして有名なマックスフィールドと提携し販売網を確立 |
| 2000年 |
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ついに本拠地となるニューヨークに本店をオープン。LAではセレクトショップとして有名なマックスフィールドと提携し販売網を確立。10月ロサンゼルスのマックスイールドから独立し、クロムハーツ・ロサンゼルスがオープン
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有名人愛用クロムハーツ |